埼玉県狭山市の自動車整備工場、FTECコーポレーションが、主に特殊整備にカテゴライズされる業務内容を紹介するブログです。

エコノラインのエンジン整備

フォード エコノライン クラブワゴン (第3世代、1975~1991年式)です。
エンジン不調で入庫しました。

走行中の出力が乏しく、車体全体に伝わる振動を発しており、エアコンを作動させるとエンストしてしまう、とのこと。始動不良の症状もあり、路上故障も経験しています。

さて、どんな問題を抱えているのでしょうか?


現車の年式は1990年、走行距離はメーターを信用するなら56,000マイル(89,600キロ)。
エンジンは302 ウインザーV8 (4.9L)、トランスミッションはE4OD。

クーラーコンプレッサーの負荷程度でエンストするほど激しく損耗したエンジンとは思えず、定石通りスキャナーを使った故障診断から始めることに。




当時のOBD(On Board Diagnosis = 自己診断装置)は、まだ統一規格がなかったので紙のサービスマニュアルを併用してトラブルシューティングを進めます。


懐かしい2桁の故障コード。検出された #32 には、複数の系統の故障が割り当てられています。

構造と機能を理解していれば、無関係のシステムに手を付けずに済み、不具合の直接的な原因のみならず、発生に至る経緯まで知ることができます。そういうスキルを身につけた整備士は Diagnosis Specialist と呼ばれ、北米では自動車整備士の求人における一般用語として広く認知されています。分業化して専門性を高めることで高品質な整備を提供できる体制は、日本の自動車整備業界にも大いに参考にしていただきたいところです。

現車の症状に鑑み、DTC #32 をEGR(Exhaust Gas Recirculation = 排気再循環)システムの故障と判断。関連箇所を点検して故障原因を特定します。


現車に搭載されている 302cid V8 エンジンのEGRバルブは、この位置にあります。


インテークマニフォールドのバキューム圧をソレノイドバルブでコントロールし、排気管から分岐したチューブに通すガスの量を決めるポペットバルブを作動させる仕組み。

バルブを作動させるダイヤフラムの直上にポテンショメーターが乗っており、ECUの指示がどれだけ忠実に実行されたか検証できるシステムになっています。


先述の通り、EGRバルブはインテークマニフォールドの負圧を動力源としています。
負圧はプラスチック製のストローのようなチューブでエンジン上を取り回されています。

プラスチック製のデリバリーチューブは熱や振動で損なわれることがあるので、最初にその健全性を確かめなければ修理が始まりません


車室内のエンジンフードを取り外し、EGRを含むデリバリーチューブを点検します。


負圧に漏れはありませんでしたが、電気の漏れがたくさんありました。
ハイテンションコード(= プラグコード)から、点火二次電圧が逃げた痕跡があります。


金属製のステーや隣のシリンダーのコードに擦れる箇所で、本来スパークプラグに火花を供給する電圧が失われた痕跡です。エンジン本体の異常振動の一因であることは間違いありません。


このハイテンションコードは新車組立て時に装着されたものではなく、そう遠くない過去に交換されたものです。そのときの取り回しと固定が不適切だったせいで二次電圧のリークが始まり、エンジンが振動しだしたことで擦れて逃げる箇所が増え、急速に症状が悪化したと見るのが妥当です。






スパークプラグは純正とは違い、NGKが装着されています。
電極の損耗は酷くないものの、作動温度がバラバラだったことが焼け色でわかります。






全スパークプラグを 純正品の Motorcraft に交換。



新旧スパークプラグ、2本の比較。上が Motorcraft、下が NGK。
テーパーシートからヘッド側のプロフィールは合っているが、碍子側の寸法が違う

NGKの適合表に間違いはないが、このエンジンの場合は、プラグコードのスリーブとエキゾーストマニフォールドの位置関係に関わるので、純正品の方が耐久性の面で有利とFTECは判断します。




右バンクの2本はホイールハウスの中から交換。

第3世代のエコノラインは、直列6気筒とV型8気筒のガソリンエンジンが3.9リッターから7.5リッターまで7種類、さらに6.9リッターと7.3リッターのディーゼルエンジンを選ぶことができたモデル。

意外とアクロバティックな作業域になっている箇所があるので、大らかな気持ちが大切です。



新品のハイテンションコードも、純正のMotorcraft。
センターコードを含む全数に絶縁養生のためのコルゲートチューブを施工。





社外品のMSDに替えられているディストリビュータキャップも点検。
これは各セグメントからフラックスを落としたのみで再使用。



EGRバルブはもともと定期交換部品であり、経年劣化による作動不良が今回問題視している症状に直結するため、迷わず交換。バルブのリフト量をECUに返すDPFEセンサーもセットで交換します。


イグニッションキーをひねってもスターターモーターが無反応となる原因は、ソレノイドの損耗が原因です。作動電源とスターターモーター本体の健全性を確認したうえで、純正のMotorcraft に交換。


EGRバルブは古いガスケットを入念に除去して装着することが肝要。
取付面が平滑に仕上がったら、異物を噛んだりしないよう注意して締め付けます。





新たに使用するのは、グルーブでシールするメタルガスケットです。古いクルマの交換部品が単に入手できるだけでなく、ちゃんと進化している所にアメリカの底力を感じます。


写真で見ると判りづらいのですが、EGRバルブの装着位置は奥まった場所なので、締付け前には細い異物が噛んでいないかをミラーで入念にチェックします。

メタルガスケットの数少ない弱点は、フィット感で面一を確かめられないことですね!



ミラーで取付面の全周を確認してからボルトを本締めします。


かくして、組み上がったエコノラインの走行テストを実施。
車体振動もエンジンストールもなく、通常の出力を回復していることを確認できました。
完全暖気後にATFの量を調整して、今回の作業は完了とします。



再び路上に復帰した、1990年式 フォード エコノライン E-150 クラブワゴン。
クラシックと呼ぶには新しい年式ですが、それでも要整備箇所は多岐にわたります。

人の作った機械が故障するのは仕方のないことですが、同じところをやり直すような修理が続くと気分が萎えるので、せめて手を入れた箇所はクルマ全体で一番最後に故障するようにしたい、というのがFTECの願いです。

痛んでいく速度より早く手当をして生き永らえていく。
そうすることでかけがえのない一台に変わっていく。

FTECがそのお手伝いをできれば、それ以上の喜びはありません。




最後に、オーナーとご家族の安全を祈念いたします。
このエコノラインが、末永く健全に保たれますように。